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【アラベスク】  第9章 蜜蜂



第2節 水と油 [1]




 最初に声を掛けたのはツバサだった。
金本(かねもと)くんっ」
 まるで(さとし)が登校してくるのを待ち構えていたかのように、涼木(すずき)聖翼人(えんじぇる)=ツバサはその姿を見つけると立ち上がった。
「涼木」
 勢い良く向かってくるその姿に一瞬目を丸くし、だがすぐに事態を飲み込む。ツバサの方も相手は理解してくれたのだと察知し、単刀直入に聞こうとして、だが寸でのところで躊躇った。
 周囲から集まる視線。いくら鈍感な聡でも気付く。
 登校早々向かい合う二人の姿にチラチラと、生徒によってはあからさまに好奇の視線を向けてくる。そんな同級生たちの存在に小さくため息をつき、聡はツバサを促して教室の隅へと移動する。
 視線は相変わらずだが、会話の盗み聞きはある程度避ける事ができる。
 校庭を見下ろせる窓ガラスに左の肩を寄せ、教室内へは視線を巡らせないようにして、ツバサは改めて口を開いた。
「昨日さ、美鶴と話した?」
「いや、アイツ、携帯に出ねぇんだ」
「私も」
「ほっといてくれってメールがあったから、あんまりしつこいと余計捻くれそうだし」
 本当は声が聞きたかった。できれば会いたかったけど、無理強いは逆ギレを誘うだけのような気もした。
 謹慎なんて、もうすぐ解ける。
 せめてそう伝えて安心させてやりたかったんだけど、その理由まで書きだすとメールの文章がダラダラと長くなり、だが理由も書かずにただ『謹慎は解ける』なんて一言だけをメールすると逆に不審がられそうで、どう伝えればよいのかわからなかった。
 こちらのメールを不審に思って反応示してくれれば、それはそれで嬉しい。だが、反応されなかった時の虚しさが怖い。
 結局、考えるのに疲れて寝てしまった。
 別に、謹慎が解ければすぐに美鶴に逢える。
 そうだ、美鶴の謹慎処分はすぐに解ける。緩が事を撤回すれば、解決する。
「あのバカ女っ!」
「バカ… 女?」
 眉を潜めるツバサへチロリと不機嫌な視線を投げ
「緩の事だ」
 聡の言葉にツバサは視線を落す。
「美鶴が一方的に下級生を殴ったなんて、信じられないんだけど」
「あんなのでっちあげだ」
 吐き出すような聡の言葉に、ツバサは今度は目を丸くする。
「でっちあげ?」
「あぁ 緩の捏造だ」
「捏造? 何で?」
 そこで聡は洗いざらいバラそうとして、だが途中で思いとどまった。
 緩が撤回さえしてくれればそれでいい。何も奴の置かれている状況をバラす必要もない。
 それに何より、コレは貴重なこちらの手札だ。
 緩が自宅で、一人恋愛ゲームに没頭している。
 この事実をこちらが握っている限り、自分は緩に対して、どれだけでも優位に立つ事ができる。
 これからも、この札は使い道がありそうだ。だからそう簡単にバラすの控えた方がいい。
「よくわかんねぇけど、とにかく美鶴は何もしてねぇ。それは俺が緩に確認した」
「それ、ホント?」
「あぁ たぶん、今日中には緩が自分で事件の撤回をするだろうよ」
 それゆえに緩がどうなるのか、そんな事は知ったこっちゃねぇ。悪いのは緩だ。美鶴を(おとし)めて廿楽の役に立とうなんて浅はかな考えを起こした緩が悪いのだ。
「美鶴の謹慎は、すぐに解けるよ」
 だが、聡の言葉にもツバサの顔は晴れない。
「でも、だって」
「何だ? 何かあるのか?」
 言いよどむツバサの態度に、今度は聡が眉を寄せる。
「何だよ?」
「でもね、今朝いろんなところから聞いたんだけど」
「何を?」
「その、義妹(いもうと)さんが美鶴を殴った現場を、目撃した生徒が居るって」
「はぁ?」
 思わず叫び声をあげる。
「声、デカいって」
 慌てて両手を振るツバサの態度に周囲を見渡せば、教室中の熱い視線。聡も慌てて片手で口を塞ぎ、だが出してしまった声をなかった事にはできない。
 だから何だと開き直るように辺りを見渡し、ギンッとひと睨みしてツバサに顔を寄せる。
「目撃者って、誰だよ?」
「あの… なんか、二人いるらしいんだけど」
「二人?」
「うん……」
 そこでウロウロと視線を泳がせるツバサに、業を煮やして肩を掴む。
「何もったいぶってんだよっ」
「もったいぶってなんかないよ」
「じゃあ、早く言えよっ」
 急かされ、ツバサは腹を括ったように目を閉じた。そうしてゆっくりと口を開く。
「一人は、山脇(やまわき)くんだって」







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